
はじめに:好奇心旺盛な性格が導いた多彩なキャリア
一つのことを極めていくのも素晴らしいことです。
しかし、若い頃から好奇心旺盛だった私は、目移りしてしまうのが短所であり長所でもありました。
会社という組織がどのように成り立っているのか、その全体像を知りたいという興味から、
現場、営業、事務、そして経営(取締役)まで、一通りの経験を積んできました。
特に何かを成し遂げようという明確な目的があったわけではありません。
ただ純粋に「知りたい」という思いだけで、様々な部署を渡り歩いた日々でした。
そんな私が、40代で失職という人生最大の危機に直面したとき、救ってくれたのは、かつて必死で身につけた「一芸」でした。
転機となった社長からの指示〜簿記との出会い

単純な事務経験のはずが
ある会社で事務を経験すればいいと軽く考えていたときのことです。
社長から突然、「簿記2級を取得し、税務会計を勉強しなさい」との指示がありました。
会計の簿記など、それまで全く経験がありませんでした。
しかし、社長の期待に応えたい一心で、まずは夜間短期3級簿記コースに通うことを決意しました。
1ヶ月で3級合格〜そして2級への挑戦
簿記学校での夜間講義は2時間、それが1ヶ月間続きました。
帰宅後は毎日1〜2時間の復習と予習、日曜日だけは休息日というペースです。
このリズムを守り続けた結果、無事に3級に合格することができました。
しかし、本当に大変だったのはその後です。
2級と税務会計の自宅学習は、想像以上に過酷なものでした。
会社が終わるとすぐに帰宅し、食事を済ませて一時休憩。
それから学習に入り、体調を見ながら毎日2〜4時間の勉強を続けました。
税務会計については、会社からラジオとテキストを支給され、それを使って学習していました。
正直、毎日がきつかったです。
そこで、学習後はほぼ毎日、近くのホルモン店に足を運び、自分への慰労会を開いてリフレッシュしていました。
この小さなご褒美があったからこそ、続けられたのだと思います。
約2ヶ月後、無事に2級に合格し、会社に報告したときの安堵感は今でも忘れられません。
若気の至り?普通科出身者を会計職員に育てる挑戦

総務部長との採用方針を巡る対立
関連会社2社の女子事務員が退職することになり、後任の採用が急務となりました。
当時の総務部長は、商工会議所の理事から社長にヘッドハンティングされた方で、「商業科出身者を採用してはどうだろう」と提案されました。
しかし私は、「商業科ではなく普通科で採用してはどうですか」と、異なる意見を述べました。
部長は驚いた様子で、「会計ができない人では無理だろう。どうするんだ」と尋ねました。
私は若さゆえの勇気でしょうか、「それでは自分が教えます」と宣言しました。
今なら怖くてとても言えませんが、部長も承諾してくださり、普通科出身者2名の採用が決まりました。
効果的な教育方法と驚きの成果

進学校の普通科から採用したこともあり、2人の理解の早さには驚かされました。
もしかしたら、部長の人選眼が良かったのかもしれません。
教材は、書店で購入した20ページ単位のテキストと、それに対応した20ページの問題集を使用しました。
これらは会社の経費で購入してもらいました。
教育方法にも工夫を凝らしました。
会社の退勤後、会議室で2人に最初のページを説明講義し、その場で問題集の1ページ目を解いてもらい、すぐに採点します。
この時点で、2人とも非常に好成績を残しました。
その後、テキスト全体を渡し、次回退勤後に問題集のテストを実施しました。
しかし、成績が前回より下がっていることに気づきました。
そこで方針を変更し、解説講義を行った上で、テキストと問題集を事前に渡し、回答集は渡さないことにしました。
次回は、問題集の該当ページを回答したものを提出してもらい、
点数の取れない単元のみ、退勤後に解説講義を行うという方式に切り替えました。
この方法が功を奏し、1ヶ月後の3級試験では2人とも見事に合格しました。
部長から「良かった、良かった」と言われたとき、自分でもちょっとした自信を持つことができました。
好奇心が招いた失職〜そして厳しい現実

新たなチャレンジと挫折
人を育てることに成功し、順調なキャリアを歩んでいると思っていた矢先、また好奇心旺盛な性格が頭をもたげてきました。
違うことにチャレンジしたいという思いが抑えられず、結果的に失職することになりました。
年齢の壁という現実
失職後、すぐに働けるだろうと軽く考えていました。
しかし、現実は甘くありませんでした。
ハローワークでは求人はあるものの、係員から「募集に年齢は限定できませんが、募集会社には採用年齢があるようで、書類選考での不採用が多いです」と説明を受けました。
実際に1、2度チャレンジしてみましたが、すべて書類選考で不採用でした。
現場職は長い経験が有利、営業は若い人材の募集が多い、事務関係は能力と実績が重視される。
やはり事務系かと検索を行いましたが、ここでも若い女性が圧倒的に多く、均等雇用のため性別記載はないものの、係員の説明がネックとなりました。
4ヶ月間の就職活動〜売れない芸人状態
戦略を変更し、空きの出た中間管理職を中心に応募することにしました。
生活もあるため、アルバイトをしながらの就職活動です。
まさに売れる前の芸人さんのような状態でした。
最終的なハローワーク戦略は、1週間に1度ハローワークで検索し、その期間に募集が出た会社に応募するというものでした。
多いときには5〜7社に同時応募していました。
このような状況が4ヶ月ほど続いた後、ようやく再就職が決まりました。
一芸に救われた瞬間〜会計の知識が生きた
最終的には、財務の職に就くことができました。
採用の決め手となったのは、必死で覚えた会計の知識と経験でした。
あのとき、社長の指示で簿記を学んでいなければ、もっと長期間の失業状態が続いていたかもしれません。
毎日ホルモン店で自分を慰めながら勉強した日々が、まさかこのような形で自分を救ってくれるとは、当時は想像もしていませんでした。
「一芸は身を助ける」という言葉の重みを、身をもって体験した瞬間でした。
「一芸は身を助ける」の本当の意味

ことわざが示す普遍的な真理
「一芸は身を助ける」とは、一芸を身につけておくと、いざというときに生計を助けることがあるという意味です。
これは、習得した技術や才能が、将来の困難な時に役立つことを示しています。
私の場合は会計の知識でしたが、これは人それぞれです。
趣味で始めた活動が、意外と収入源になることもあります。
大切なのは、何か一つでも「これは自分の強み」と言えるものを持っておくことです。
「一芸は身を助ける」の文献はこちら
(参考にどうぞ)
現代社会における「武器」の重要性
応募者が何を望んでいるかを把握し、それに向けて自分の価値を高めることが重要です。
現在は、裸一貫で社会に挑んでも成功することは難しい時代です。
世間で裸一貫から成功を成し遂げた人を分析すると、実は何かしらの「武器」を持っていることが多いのです。
読者が実践できる「自分の武器」の見つけ方

具体的な武器の例
社会に出るための武器は、様々な形があります。
以下は、実際に効果的だと知人から聞いた例です。
効率的なアルバイト経験
ただのアルバイトでも、効率よく稼げる方法を知っていることも立派な武器です。
自動車の2種免許
転職しやすい職場が多く、安定した収入につながります。
フォークリフトの免許
物流業界では常に需要があり、転職に有利です。
宅建免許
不動産業界への転職はもちろん、独立開業の道も開けます。
漫画家・黒鉄ヒロシさんの例
漫画家の黒鉄ヒロシさんは、「社会に出るための武器として漫画家を選んだ」と雑誌で語っていたことがあります。
これは非常に示唆に富んだ言葉です。
武器の持ち方は、人それぞれ違っていいのです。
大切なのは、自分なりの武器を意識的に磨いていくことです。
まとめ:今日から始める「一芸」磨き
好奇心旺盛で目移りしやすかった私が、40代での失職という危機を乗り越えられたのは、偶然身につけた簿記の知識があったからです。
読者の皆さんも、ぜひ自分を見つめ直してみてください。
「自分には何があるだろうか」と問いかけ、自分なりの武器を見つけてください。
もし、まだ武器が見つからないのであれば、今日から一芸を磨き始めることをおすすめします。
それは資格かもしれませんし、特殊なスキルかもしれません。
あるいは、人とのコミュニケーション能力や、問題解決能力といった、目に見えないスキルかもしれません。
大切なのは、意識的に自分の価値を高めていく姿勢です。
いつか訪れるかもしれない困難な時に、その一芸が必ずあなたを助けてくれるはずです。
経験は決して無駄になりません。
今日学んだことが、明日のあなたを救う武器になるのです。
